3Jul
こんばんはユタカです。
いきなりですが、私は過去に2億円の負債を背負ってました。
それはもう悲惨な状況でした。
債権者に追われ、やばい人達にも狙われてました。
もちろん住所不定、 でもなぜか周りにいる人達に
助けられていました。
その頃、同じアパレルの仕事の取引先の10歳ほど
年上のオジサンのとこに居候させてもらっていて
毎晩立ち飲み屋さんみたいなとこで
酒を飲みながらいろいろ再建計画を
練ってくれていた。
というよりも今考えれば毎晩飲むための
酒の肴みたいなものでした。
明日はどうなるかわからないような
不安を抱える毎日でとにかく明日の事なんかよりも
「今日1日だけの生きることを考えよう・・」
と思いながら、毎日過ごしていたような気がします。
ある日とうとうそのオジサンの場所も調べられていることが
わかり「これ以上迷惑かけるわけにはいかない・・」と
鞄一つ持って逃げることになりました。
その後は住み込みでリフォーム会社の飛び込み営業や
深夜のコンビニ店、港の荷揚げ作業、
露店の手伝いなどなど数々の仕事をこなし
最後は特殊ガスの配管工(危険手当がつくので給料がいい)に
落ち着き、東京から横浜そして厚木と流れて生き延びてきました。
特殊ガスの会社が愛知県の大府市に新しく支店を出すと
いうことで、私もメンバーに入れてもらって
愛知県に引っ越しをして1週間ほどたったころ
病院の検査で腎不全が発覚して、医者が言うには
「あと1か月もしないうちに透析しなくてはいけないようになるから
今の仕事はできません・・」
と言われ、最後の死に場所を求めるように
三重県の伊勢志摩の実家に帰りました。
伊勢志摩に帰ったら体調がよくなり
1か月ほど入院はしたのですが数値も安定してきて
何とか透析も免れもう7年も薬だけで過ごせています。
その間にビジネスを立ち上げ再起をはたしました。
(詳しくはプロフィールページからダウンロードできます)
ただ今振り返ると全て幸せに感じるのです。
そして本当に楽しかった・・
なぜだろう?
その頃は住む家もなく車で過ごしていたホームレスの時も
あったし、3日間、何も食べれないときもあったし
とにかく1日過ごせれば幸せを感じていた。
そして出会った沢山の人がご馳走してくれたり
住いを提供してくれたりして助けてもらった。
そう、たくさんの「愛」を感じながら過ごしていたから
その時は苦労はしていたのだが、今幸せを感じるのかも・・・
もしかしたら、幸せはどんな状況にでも
あるのかもしれません。
今気が付かないだけで・・・
もちろん私もその時は気付かなかった
必死でその状況を変えたいと思っていた。
今あなたが「苦労している、辛い」と思っていることも
過去になれば「幸せだったなー」 と
思える日が来ることを信じて
毎日を全力で生きていきましょう!
最後までお読み頂きありがとうございました。
感謝しています。
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